信濃にやかにぎやかに、しなやかに。


第59回
地域社会で子どもを育む。
学ぶことのさまざまな形

教育基本法が改正されました。前号に続き「さくら国際高等学校」の荒井裕司学園長と、フリースクールの「侍学園スクオーラ 今人」の長岡秀貴理事長においでいただき教育のしなやかな形について話をお聞きしました。にやかアテンダーは「さくら国際高等学校」の副校長を務める柳沢京子さん。おおらかに人間として学ぶ場をどうやって創造していくか、大切な問題です。

スイスの風景のようなペンションシュネーの庭で
市川(KURA編集長):
前回は荒井さんと長岡さんのお二方に学校を始めた理由をお聞きしました。型にはまった学歴構築ではなく、自由な形で人間らしく学べる場を提供するなか、お感じになることがさまざまあると思うのですが。

富井一志
■荒井祐司
上田市出身
「さくら国際高等学校」学園長
1972年に全人教育の私塾を開設。不登校の子供たちを受け入れるフリースクールを運営し、92年に東京国際学園高等部を開設。05年上田市に「さくら国際高等学校」を開設。著書に『ひきこもり・不登校からの自立』(マガジンハウス)、『24時間先生』(メディアファクトリー)など著書多数

富井明美
■長岡秀喜
上田市出身
NPO法人「侍学園スクオーラ今人」理事長
高校教師、飲食店、出版業を経て、2004年フリースクール「侍学園スクオーラ 今人」を開校。不登校の子供たちを受け入れるほか、06年5月に若者の自立を支援する「若者自立塾」も開設。教育にかける熱い夢を発信する著書『ダッセン 脱・先生』(サンクチュアリ出版)が発刊されたばかり

加瀬清志
■柳沢京子
きりえ作家
信州の美しい風景を一枚のきりえに映しとり、自然の強さやはかなさ、景観の大切さを訴え続けている。2005年から「さくら国際高等学校」の副校長も務める

加瀬清志
■山崎陽一
写真家
上田市出身。日本写真家協会所属。朝日新聞、週刊朝日を中心に活躍中。週刊朝日に連載の「ウチのヨメ讃」、「縁あって父娘」は20年以上続くロング企画

加瀬清志
■市川美季
(コーディネーター)
KURA編集長
岡谷市出身。もっと楽しい信州を目指して、地域情報やまちづくりの今を雑誌を通じて全国へ情報を発信中

長岡:
私のところに相談に来る母親の悩みは「子どもを理解できない」ということが一番多い。母親たちは「こうあるべきだ」という既存の枠の範囲内に子どもを当てはめようとして悩んでいる。子どもたちも「親が納得できる子どもにならなきゃ」と苦しんでいる。今の親子関係にはそんな辛い構図があると思う。
市川:
母親は、自分が産んだ子どもには身体の一部のような感覚を持ってしまうかもしれません。そうなると解らないことが許せないのかもしれません。
長岡:
私がこの学校をやろうと思ったきっかけはそこです。大学で日本人と欧米の子どもたちの夢の描き方の違いという講義があり、欧米の子どもたちは大人が想像できないような将来像を持つんです。「私は火星に住みます」とか。今の日本の小学校の卒業文集に「火星に住みたい」と書く子がどのくらいいるでしょうか。日本の小学生はみんな職業を書きます。結局大人がわかりやすい、既存の職業でしか自分の将来を描けない。大人が「こういう仕事だったら安定するんだよ」という情報をすり込み過ぎているんです。その講義で教授に「お前ら教師になるんだろう。どっちを教えるんだ」と言われたとき、ガツーンときました。「ヤバイ、私はアウトローで生きてきたはずなのに。俺も教師という職業に縛られている」と(笑)。
荒井:
私もそう思いますね。私が教員の免許がないのに学校を作ってしまったのは、何の束縛もない視点でものを言えるのが一番良いなと。だから、これからも素人の良さを生かしていきたいと思います。
 
塩田平の教育包容力

 
柳沢: ここ上田の塩田平は教育に関しては熱心だし寛容なところがあって、地域の人たちがさくら国際のことを自分の学校のように自慢して話してくれるんです。荒井先生が西塩田に来ることが決まり、地域の人たちがこの体育館に集まった時に、昔の旧西塩田小学校の校歌を歌いました。70歳を超えた人たちが肩を組んで。私は見ていて感激で涙が出ました。地域の教育力というか、誰が来ても、どこから来た人でも、ここで学ぶ人は一緒という姿勢ですね。  

荒井:

その包容力はすごいです。良いものは受け入れるという姿勢ですよ。長岡さんのことは聞いていたので、真っ先に話しに行きました。行ってみると地域の人たちみんなが応援しているというのがよくわかりました。そういう地域に私も開校できて本当に良かった。  
長岡:
こういう学校がたくさんできるといいと思う。私たちは自由な学びの場としてのモデルケースを立ち上げたという自負もあります。上田市が教育特区を設けてくれたのも画期的です。  
市川:
たくさんあったほうがいいですよ、学びの形は。親も自由に選べばいいんですから。  
柳沢:
さくら国際高等学校では、通学をあきらめかけた生徒も通信制で高卒の資格を得ることができます。進学も良し、また職業選択の自由が限りなく広がると荒井先生からお聞きしました。  
荒井:
高校卒業の資格を取っても、社会参加できない子、自立できない子がいっぱいいるわけです。そこを長岡さんにお願いして、ということもできるわけです。  
市川:
段階的に社会に馴染んでいくということができるわけですね。  
山崎:
社会も変わっています。夕張市の財政が破綻しましたが、日本もそうです。830兆円の財政赤字があり、年金の問題もある。この国が今までのように高学歴、高収入でも良い生活ができる保証はもうない。高学歴でも就職ができない、仕事がないということも多い。そういうときに、好きなことや、自分が得意なことで良い生き方を見つけられればいいわけです。結局、幸せというのは、好きな仕事ができて、健康で、そこそこの収入があれば良いわけですよ。良い大学に行けば全て順風満帆という時代ではなくなっているからね。  
 
誰かが穴を開けてひっぱり出す事が必要

 
市川:
荒井先生にお聞きしたいんですが、何年も引きこもった子を、どうやって学校に向かわせるんですか。  
荒井:
信頼関係をつくることです。以前、私に電話をしてきたひきこもりの子がいました。その子の家に行き部屋に入ると、装幀はボロボロ、表紙は真っ黒になった私の本があった。何百回も読んだろうなと。部屋の真ん中に電話が置いてあるだけで、あとは何もないんです。私に電話をかけようと何度もトライしたんでしょう。繋がったとき、蚊の鳴くような声で彼は言いました。「私のところへ来てくれますか」と。  
市川:
引きこもりの子どもたちも外に出たい、学校に行きたいという気持ちがある。取り残されてしまったという焦燥感と孤独感は深いでしょうね。  
荒井: 自分の人生はもう取り返しがつかないと思って自分を責めているんです。タイタニック号のような大きな客船が転覆して船底に閉じこめられてどこにも出口がない。誰か上から開けて助けてくれる人がいてほしい。そう思っている子が大勢いるんです。だから私は「船底に電気ドリルで穴開けてやるべぇ」と思いながら子どもたちの家を訪ねます。来てくれることを望んでいる子が多いし、まだその段階ではないかもしれないけど、そこまで持っていくのも私の仕事かなと思います。  
 
「いじめ」に勝つ心の力を育てる

 
市川: 昨今のいじめ問題についてはいかがでしょうか。  
荒井: 私がこの仕事を始めた一番の基は、自殺によって自分の命を終えている人をこの国から失くしたい、というだけです。日本では年間1万人弱が交通事故で亡くなりますが、そのほぼ4倍、3万6000人が自殺で亡くなっているわけです。あれだけ長い間続いているイラク戦争の死者が4万人ほどです。もうこれは戦争状態ですよね。それをひとりでも無くしたいと思うんです。
いじめをなくそうという話は毎日出てきます。確かにいじめは良くないし、なくさなければいけないんですけれど、学校現場で起こっているだけじゃないですよ。人間の持っている愚かな部分として、バランスを持ちながらずうっと続けられてきたことだと思うんです。なくせと言ってもなくならないと思います。大人の社会のなかでも絶対なくせないわけですから。国際的にもいじめをやるわけでしょ。その大きな粒子が全部人々の心のなかに入ってくるわけです。もっと一人ひとりの親にしろ、教師にしろ、子どもたちにしろ、いじめられたときに、自分はどう生き抜くかということを考えさせていく必要があると思います。いじめられている子を救う手立ては、「君は悪くないよ」と言って抱きかかえてあげることも必要かもしれない。ですが、それだけじゃ絶対ダメです。小中高、そして就職しても常にいじめられてきた子がいます。その子はどこの環境に行ってもいじめられるんです。ずっと「君は悪くないんだよ」と言われて育ってきた。それは本当にその子を助けた結果になるのか、というのが私の持論です。
いじめられるのは、人に対して不快感を与えてしまう要素を持っているということなんです。そこを改善させる手立てをしないで、その子をいじめ地獄から救うことはできないと思います。うちの学校に、長期間そういう目に合ってきた子たちがいます。そういう子は話し方に独特の嫌われてしまう要素を含んでいます。不思議とそういうことは誰も指摘しない。でも、私はその子の将来を考えて直接言います。「お前、それを言ったらみんなから嫌われるぞ」と。彼ら自身に生き抜く力を身に付けさせるということは、イコール、人を感じる能力だと思います。それが今、完全に欠けています。親もそうです。親と会とみると、他人を感じる力が親にまったくないんです。
 
市川: 他人を感じないからコミュニケーションができないということですか。  
長岡: そうです。聞けない、待てない、理解しようとしない。他人を受け入れる体制が一切ないんです。そこができればいろんなことが解決していくと思います。でも、今の子どもたちにはそれを学ぶ時間がないんですね。  
市川: 子ども同士で遊ばなくなっているから、それを育てる環境もないし。ガキ大将もいないですね。  
長岡: 子どもが能動的にコミュニケーションを取っていく環境を、大人が全部削除しています。テレビゲームもそうだし、テレビもそう。それなのに、子どもたちには「夢を描きなさい」と言う。おかしな話です。母親たちには、3つの視点で子どもたちの話を聞いてほしいと言といます。門構えの耳だと聞くだけでしょ。何かやりながらも聞けます、聞いているフリができます。そうじゃなくて、耳ヘンの聴くは「耳」と、横になっている「目」と「心」。この3つで聴いて、最後は句点「。」を打たせる。子どもがしゃべっている間に母親が横槍を入れるのは良くない。「そうは言ってもね」「あなた違うでしょ」と。最後まで話し終わらせることを習慣にすると、途中であきらめたり飽きちゃうことはなくなっていくと思います。「うちの子は何やっても途中であきらめてしまう」と言うんですけれど、母親が子どもとの会話を最後までやらせてないのがいけない。  
荒井:
生きていることは原始時代から続く命の繋ぎです。君だけじゃなくて、おじいちゃんがいて、その前のおじいちゃんがいて…という生命の継続です。誰かがどこかでひとり欠けると、君は生まれてこなかった。そんな命の大事さを理解しなきゃいけない。
「いじめ」はいじめられる側の気持ちです。一例として、学校で同級生からジロジロ見られると気にしている子がいた。その子は「私はもうだめだ、いじめに合っているからもう学校へは行けない」と言う。「じゃあ、向こうの子の気持ちを聞いてみよう」と見つめた子どもに聞いてみたら、「私は自分の気持ちを人に出せない。良い友だちになれそうだから、アイコンタクトを一生懸命送っていた」と言う(笑)。受ける子は、「いじめられてもう死ぬしかない」ところまでいっちゃってるわけ(笑)。この違いを子どもたちに解ってもらわなければ。私もスカートめくりからズボンおろしまで、いろいろやりましたし、やられもしました。それはひとつのコミュニケーションの方法だったりするわけです。それを「いじめ」として狭めていくと、子どもたちはどうやって自分たちの世界を作っていいか解らなくなる。「いじめ」解決に何が一番必要かというと、子どもたちの心をもっと強く、大きくしなきゃいけない。これは対症療法じゃなくて、学校現場、地域、社会の人たちみんなでやらなくてはいけない。
いい喩え話があります。アメリカのある村で、川をはさんでA地区とB地区があり、行き来するなかで、大勢の子どもがその川に落っこちて死んでしまう。若い親たちから改善策として子どもたちが絶対落ちないように、フェンスをつけた橋を架けようという案が出た。そうしたら、お年寄りが、「お前たち、それは違う。俺は、その川を渡る水泳力をつけること、渡る勇気を子どもたちに植え付けることが大事だと思う。そんなことではまともな子どもたちは育たないだろう」と言ったそうです。その通りです。「いじめ」に対しては自分の知恵と勇気で戦い、あきらめないことを家庭で教えていかなければならない。
市川:
危ないから柵を作るとか、落ちるから木に登るなとか、川で泳ぐなとか。今の日本は過保護状態。それをどうやったら変えられるんでしょう。
荒井:
私も長岡さんも、地域の人たちに生かされていると思うんです。お年寄りとは知恵がある人です。それをみんなに出してもらって一緒に関わってもらうんです。学校現場だけではできないですから。地域のみんなが学校のなかに入り込まないと。この地区の行事は、運動会に山歩きウォーキング、お祭り、池の魚つかみなど。すべて企画段階から学校も共催で関わっています。地域の人たちと一緒にやらせてもらうんです。
柳沢: 私も「キューピー」というアダナを言われるのがとても嫌でした。でも帰ると、その言ってた男の子がうちに遊びに来る。ゴメンと言わなくても、それで許しちゃう。やがて言い返せる強い強ーい子になってしまった。比較的暇なうちの祖母がガキ大将を含む子ども全体のいろんな関係をじっと見守る役をしていました。三文安の年寄りっ子。でも、皆も祖母に一目置いていて、そういう風に地域ぐるみで育成に関わった時代。良かったですね。  
  ■以上  
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